ある夢想家のジレンマ

転がるか、留まるか、それが問題だ。

月曜日が来るのが怖いから気晴らしに先週のカウンセリング内容を書き留めておく

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日曜日が終わり月曜日が来る。怖い。

先週の金曜日に職場近くのメンタルクリニックに行った。このメンタルクリニックを選んだ理由は、残業の合間に行ける距離にあるから、それと予約がWEBからできるからだ。電話予約は苦手だ。クリニックに行く前には、スマホのメモ帳にプロフィールと症状を書き留めておいた。コンビニでプリントアウトしようかとも思ったが、時間の都合で諦めた。

クリニックの待合室は、通常の病院と同じように4人掛けぐらいのソファが並べられていた。プライバシーへの配慮はないのかなと思ったが、名前は呼ばれず、渡された札に書かれた番号で呼ばれたので少し安心した。問診票とチェックシートに記入して受付に提出した。事前にスマホにメモしておいた症状などをもとに記入したが、印刷してくればよかったと少し後悔した。

自分の番号が呼ばれ、診察室(カウンセリングルーム?)に通された。初診は医院長が診ることになっているようだ。慣れた感じで、名前、住まい、家族構成、過去の通院歴、現在の症状とその背景について聞かれた。例によって、スマホのメモを見ながら答えて言ったわけだが、やはり印刷した方がよかったと感じた。

カウンセリングの時間は短い。カウンセラーは話を聞きながらPCに文字を打ち込んでいるので、カウンセリングにはそれなりに時間がかかる。自分のプロフィールなどを早く知ってもらい、本当にしたい話をするためには、印刷したメモを渡して見てもらう方が早い。何より、アドリブで話すよりも漏れがないし、話したいことも事前に整理できる。もっとも、会話をすること自体が、カウンセリングにおいて大きな意味を持つのであれば、良い選択してではないのかもしれないが。

自分の家族構成や職歴を話終えて、本題へ。自分の性格についての悩みや、それゆえに仕事をうまく回せないことについて相談した。自分の性格というのは、忘れ物や落し物が多いこと、自分の不得意な作業を後回しにしがちなところ、整理整頓や時間管理が苦手なこと、そしてそれらが幼少期から続くものであることだ。思春期の頃から日常的に不安が強いことや希死念慮があること、子供の頃は毎晩父親に叱られて泣かされていたことなどについては、十分に話すことができなかった。

医院長は、私がADHDの可能性を疑って来院したことを察し、早々にADHDの治療についての話を始めた。そして、判定テストは次回以降に実施すること、薬はコンサータを処方することに決まった。もう少し時間をかけて治療方法を決めるものと思っていたので、その判断のスピードには正直驚いた。

私は何のためにクリニックに行ったのか。自分自身がADHDであるかをハッキリさせたかったのだろうか。そして、仕事のできない理由や仕事への恐怖の言い訳にADHDを使いたかっただけなのだろうか。本当はADHDといった発達障害ではなく、単にゆがんだ性格の社会不適合者なのではないか。この日のカウンセリングでは、私がADHDであるかの結論は出ていないので、何とももやもやした気分で職場に戻った。

仮に軽度であってもADHDの判定がなされた時に、自分はその判定をもって何をするのか。会社にその事実を伝えて、担当業務を変えてもらうのか。そうした場合、昇進、昇給への影響は免れないのではないか。では、これまでと同様に、何とか取り繕ってやり過ごしていくのか。それではカウンセリングを受けた意味がない。理想はADHDとうまく付き合う方法を確立しながら、今までと同じ業務をやり続けることであろう。しかし、そのような選択が簡単でないことは容易に想像できる。

コンサータは平日に飲もうということになり、5錠処方してもらった。しかし、週末の不安に耐えきれなくなり、日曜の午前中に服用した。仕事をしていないこともあり、そこまで効果を自覚することができなかった。副作用の食欲不振等もない。このことがかえって私を不安にさせるのである。