読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ある夢想家のジレンマ

転がるか、留まるか、それが問題だ。

高度情報処理試験で午前Ⅰに合格できない理由を考えた

2017年春試験を振り返る

情報処理試験の受験歴

2017年の春は情報処理技術者試験のプロジェクトマネージャを受験した。自己採点によると、午前Iは正解率50%で門前払いだ。情けない。今後の対策のために、これまでの試験対策などを記しておこうと思う。まずはこれまでの受験歴を振り返っておく。

私がこれまでに合格した情報処理試験は次の3つ。

IPAの資料によると、応用情報技術者試験平成28年度春試験)の合格者は平均年齢が28.8歳である。応用情報までは、世の中の受験生と同じぐらいのペースで合格できていたのだろう。応用情報技術者試験の合格後は忙しさを言い訳に高度情報処理技術者試験の受験を避けてきた。午前試験の免除も消滅し、午前Iからの受験になってしまったのだが、これがパスできなくて泥沼にはまっている。

午前I対策は失敗に終わった

論文まで書き上げたのにもかかわらず、午前Iで門前払いにあうのは精神的なダメージが大きい。昨年の春試験で失敗したため、今年は午前Iだけを受験して、とりあえず午前試験の免除資格を取ろうという作戦だった。が、今年も同じ轍を踏んでしまった。

事前に試験対策のサイトを巡り、午前試験については次のような作成を立てていた。

  • 過去10年程度の過去問を解く
  • 苦手な計算問題は捨てる
  • 理解することにこだわらずに設問と答えを覚える

どのサイトでも書かれていたのは、予想問題などをやらずに過去問をひたすら解くことだ。過去問はIPAのサイトから無料でダウンロードできるが、携帯性が高いスマホアプリを使って勉強した。通勤時間や昼休みを使って、過去10年程度の問題をひたすら解いていった。

合格点に到達できなかった原因

合格できなかった理由は、弱点の補強を全くしなかったこと。これに尽きる。過去問の暗記に絞った対策をした場合、過去問から再出題された問題を確実に正解できることが前提だ。そして、合格に必要な残りの点数を、初出の問題で稼ぐ必要がある。苦手分野の多い私は、後者の点数が著しく低かった。間違った問題は、稼働率論理回路、暗号方式など、情報処理試験ではおなじみの分野だばかりだ。

恥ずかしながら、基礎理論、コンピュータシステム、技術要素といった分野は、業務で扱うことがなかったので苦手のままだ。過去問の回答を見ても、どうしてそのような解答になるのかが分からない問題が多い。一方で、開発技術、プロジェクトマネジメント、サービスマネジメント、システム戦略といった分野は、日常業務に大きく関わってくる分野であるため、初見で正解できる問題が多いし、間違えても解答を理解するのに時間がかからない。

2017年秋試験に向けて

今後の午前I対策(私の場合)

次の試験に向けての対策を考えよう。苦手分野(基礎理論、コンピュータシステム、技術要素)の頻出問題の対策をしておけば、少ない労力で合格点に近づけそうだ。資格試験においては、分からない問題に時間を使うよりも、問題数をこなすことを重点を置いた方が合格に近づけると考えていた。しかし、今の私の現状では、得意分野をこれ以上勉強しても大幅な点数アップは望めそうにない。苦手分野を少し勉強して、今回よりも3問追加で正解できれば合格できる算段だ。

秋試験にはプロジェクトマネージャ試験がないため、どの試験区分を受験するかに悩む。自分の業務と難易度から判断すると、システムアーキテクト試験、または、情報処理安全確保支援士試験あたりだろう。今年こそは高度情報処理試験に合格したい。ちなみに「足切り」という言葉は差別用語だから「門前払い、二段階選抜」を使う方が良いようだ。勉強になった。

月曜日が来るのが怖いから気晴らしに先週のカウンセリング内容を書き留めておく

日曜日が終わり月曜日が来る。怖い。

先週の金曜日に職場近くのメンタルクリニックに行った。このメンタルクリニックを選んだ理由は、残業の合間に行ける距離にあるから、それと予約がWEBからできるからだ。電話予約は苦手だ。クリニックに行く前には、スマホのメモ帳にプロフィールと症状を書き留めておいた。コンビニでプリントアウトしようかとも思ったが、時間の都合で諦めた。

クリニックの待合室は、通常の病院と同じように4人掛けぐらいのソファが並べられていた。プライバシーへの配慮はないのかなと思ったが、名前は呼ばれず、渡された札に書かれた番号で呼ばれたので少し安心した。問診票とチェックシートに記入して受付に提出した。事前にスマホにメモしておいた症状などをもとに記入したが、印刷してくればよかったと少し後悔した。

自分の番号が呼ばれ、診察室(カウンセリングルーム?)に通された。初診は医院長が診ることになっているようだ。慣れた感じで、名前、住まい、家族構成、過去の通院歴、現在の症状とその背景について聞かれた。例によって、スマホのメモを見ながら答えて言ったわけだが、やはり印刷した方がよかったと感じた。

カウンセリングの時間は短い。カウンセラーは話を聞きながらPCに文字を打ち込んでいるので、カウンセリングにはそれなりに時間がかかる。自分のプロフィールなどを早く知ってもらい、本当にしたい話をするためには、印刷したメモを渡して見てもらう方が早い。何より、アドリブで話すよりも漏れがないし、話したいことも事前に整理できる。もっとも、会話をすること自体が、カウンセリングにおいて大きな意味を持つのであれば、良い選択してではないのかもしれないが。

自分の家族構成や職歴を話終えて、本題へ。自分の性格についての悩みや、それゆえに仕事をうまく回せないことについて相談した。自分の性格というのは、忘れ物や落し物が多いこと、自分の不得意な作業を後回しにしがちなところ、整理整頓や時間管理が苦手なこと、そしてそれらが幼少期から続くものであることだ。思春期の頃から日常的に不安が強いことや希死念慮があること、子供の頃は毎晩父親に叱られて泣かされていたことなどについては、十分に話すことができなかった。

医院長は、私がADHDの可能性を疑って来院したことを察し、早々にADHDの治療についての話を始めた。そして、判定テストは次回以降に実施すること、薬はコンサータを処方することに決まった。もう少し時間をかけて治療方法を決めるものと思っていたので、その判断のスピードには正直驚いた。

私は何のためにクリニックに行ったのか。自分自身がADHDであるかをハッキリさせたかったのだろうか。そして、仕事のできない理由や仕事への恐怖の言い訳にADHDを使いたかっただけなのだろうか。本当はADHDといった発達障害ではなく、単にゆがんだ性格の社会不適合者なのではないか。この日のカウンセリングでは、私がADHDであるかの結論は出ていないので、何とももやもやした気分で職場に戻った。

仮に軽度であってもADHDの判定がなされた時に、自分はその判定をもって何をするのか。会社にその事実を伝えて、担当業務を変えてもらうのか。そうした場合、昇進、昇給への影響は免れないのではないか。では、これまでと同様に、何とか取り繕ってやり過ごしていくのか。それではカウンセリングを受けた意味がない。理想はADHDとうまく付き合う方法を確立しながら、今までと同じ業務をやり続けることであろう。しかし、そのような選択が簡単でないことは容易に想像できる。

コンサータは平日に飲もうということになり、5錠処方してもらった。しかし、週末の不安に耐えきれなくなり、日曜の午前中に服用した。仕事をしていないこともあり、そこまで効果を自覚することができなかった。副作用の食欲不振等もない。このことがかえって私を不安にさせるのである。

マジック: ザ・ギャザリング経験者が子供とデュエル・マスターズをやってみた

子供とデュエル・マスターズをはじめた

ベイブレードの記事が目的で、子供にコロコロコミックを買ってあげたところ、カードゲームのデュエル・マスターズに興味を持ち始めた。2017年5月号には、スペシャルデッキ40枚の付録が付いてくるのだ。何とも太っ腹。しかし、これだけでは対戦することができないので、構築済みデッキ(NEWヒーローデッキと呼ぶらしい)を2パック買い足した。

www.corocoro.tv

デュエル・マスターズはマジックの弟だった

中高生の時にマジック:ザ・ギャザリングMtG)をやっていたこともあり、なんだか面白そうだと私も結構乗り気だった。実は、デュエルマスターズ(DM)をマジック・ザ・ギャザリングと同じ会社が開発したことを知ったのは、遊び始めて少し経ってから。ルールを調べているうちに、マジック:ザ・ギャザリングデュエルマスターズの類似性に気づき、同じ会社が開発していることを知ったのだった。

http://card-game.jp/duel_masters/> デュエルマスターズは、マジック・ザ・ギャザリング(MTG)を手掛けるウィザーズ・オブ・コースト社が開発した1対1対戦トレーディングカードゲームである。 アメリカでは2004年3月より発売。日本では2002年5月にタカラトミーから発売している。略称は「デュエマ」や「DM」などである。 <<

マジックとデュエル・マスターズの違い

デュエル・マスターズのルールはマジック:ザ・ギャザリングに近いが、小・中学生でも遊べるように変更されている。マジックをやっていたことで、かえって戸惑ったルールをピックアップしておく。マジックの経験者で、手っ取り早くデュエル・マスターズをしてみたいという人は、足掛かりにしてもらえればと思う。なお、私が遊んでいたのは、ストロングホールド〜ウルザズ・ディスティニーあたりのエキスパンションなので、最近のマジックとの比較になっていないかもしれない。また、デュエルマスターズもはじめたばかりで詳しくない。詳細は公式サイトで確認して欲しい(ごめんなさい)。

ライフはシールドに変更

マジック:ザ・ギャザリングはライフが20の状態からゲームが始まる。クリーチャーの攻撃や呪文によって、相手のライフを0になるまで減らすと勝ちである。一方、デュエル・マスターズでは、ライフの代わりにシールドというポイントがある。ゲームスタート時はシールドが5であり、これをすべて減らした上で、とどめの一撃(ダイレクトアタック)を与えると勝ちである。カードによっては他の勝利条件もあるが、基本的な勝利条件は相手へのダイレクトアタックを決めることである。

パワー/タフネスはパワーに一元化

マジック:ザ・ギャザリングでは、クリーチャーが持つ能力値は2種類であり、攻撃力=パワー、防御力=タフネスである。自分のクリーチャーのパワーが、相手のクリーチャーのタフネスを上回れば、相手のクリーチャーを倒したことになり、墓地に送ることができた。デュエルマスターズでは、これがパワーに一元化されている。パワーの比較によってクリーチャーの勝敗が決まる仕組みだ。 なお、マジックのように、パワーの数だけ相手のライフ(シールド)を破壊できるわけではない。クリーチャー1体が破壊できるのは、シールド1枚のみである。(カードのテキストに特別な効果が記載されている場合は、複数のシールドを破壊することができる。)

上下逆に配置したカードが土地の代わり

クリーチャーの召喚や呪文を唱えるのに必要なコストがマナである。マジック:ザ・ギャザリングでは、主に土地のカードをタップすることで、クリーチャーの召喚や呪文を唱えるのに必要なマナを支払っていた。デュエル・マスターズでは、(私の知る限り)土地のカードはない。代わりに、クリーチャーや呪文のカードをマナゾーンへ上下逆さまに置くことで、土地の役割を果たす。クリーチャーや呪文のカードをマナゾーンにチャージするか、手札に残しておくか、その判断がマジックにはない面白さである。

攻撃をブロックできるのはブロッカーだけ

マジックでは、タップされていないクリーチャーであれば、相手のクリーチャーからの攻撃をブロックすることができた。しかし、デュエル・マスターズでは、ブロッカーの能力を持つクリーチャーしか相手の攻撃をブロックすることができない。正直に言って、このルールが一番戸惑った。また、こちらから攻撃を加えられるのは、タップされている相手のクリーチャーのみである。

キーワード能力は名称が異なる

召喚したターンにクリーチャーは攻撃できないという、いわゆる「召喚酔い」のルールはデュエル・マスターズでも健在である。そして、この召喚酔いの影響を受けずに攻撃できる能力は、「速攻」から「スピードアタッカー」という名称に変更されている。その他にも、このようなキーワード能力は、マジックからデュエルマスターズへ名前を変えて受け継がれているので、以下のようなサイトで確認されるのが良いかと。 MtGとDMの関係~キーワード能力編~

デュエル・マスターズはスピード感とシンプルさを重視

マジックからの変更点として感じたのは、スピード感とシンプルさを重視している点である。ライフに変わるシールドは少ないし、基本的にクリーチャーはブロックすることを重視していない。土地がなく、1デッキのカード枚数は40枚である。子供と遊ぶのには、良いバランスだ。細かなルールは公式サイト「親子のためのデュエマ|デュエル・マスターズ」や、有志のWikiを参考にされたい。

デュエル・マスターズははじめやすいカードゲーム

子供と一緒に再開しようとしている、トレーディングカードゲーム出戻り組のパパ、ママには割と入りやすいゲームであると思う。取り敢えず、何を買えば良いか分からない場合は、構築済みデッキDMSD-01 NEWヒーローデッキ ジョーのジョーカーズ|デュエル・マスターズ」を買えば十分に遊ぶことができる(古参プレイヤーは薦めないかもしれないが)。このデッキは初心者用にしてはなかなか強いらしく、「よーし、パパの強さを見せてやるぞー。」とか言って他の構築済みデッキで挑むと、普通に負けることがあるので要注意。

自己矛盾から生まれたブログ名とハンドル名

お題「ブログ名・ハンドル名の由来」

ブログ名の由来

現状に甘んじている夢想家のジレンマ

このブログは、「高い理想を追い求める自分」と「現状に甘んじている自分」の自己矛盾を日々書き綴っていく雑記ブログだ。だからブログ名は、「ある夢想家のジレンマ」。

意識高い系の自己啓発ブログなんかをやろうとしたこともあるけど、理想は高くても行動が伴わず長続きしなかった。だから、コンテンツや文章の質にはこだわりすぎずに、ただ書き続けることを目的にブログを始めることにした。SEOやデザインなんかも後回しにしているし、そういうブログのセオリー的な作業は少しずつ進めていけばよいと思っている。

性格診断で分かった自己矛盾

私の中に存在する自己矛盾を説明するには、「16Personalities性格診断」診断結果を説明するのが手っ取り早い。私の性格はINFP-T「仲介者」と判定された。

INFP型気質の人は、真の理想主義者で、極悪人や最悪の出来事の中にさえも、常にわずかな善を見い出し、物事をより良くするための方法を模索しています。落ち着きがあり控えめで、内気にさえも見られますが、内には激情と情熱があり、まさに光を放つ可能性を秘めています。

“仲介者”型の性格 (INFP-A / INFP-T) | 16Personalities

この文章で説明されているところの、激情を持つ内気でというのが、私の中にあるジレンマを分かりやすく説明してくれている。理想は高いが行動が伴わない。そんな自分の内面を文章に起こしていけば何かが生まれるかもしれないと思った。だから、このブログに書かれているのは結局のところ自分のための文章だ。

ハンドル名の由来

苗字検索サイトから珍しい姓を選んだ

ハンドル名はなかなか決まらなかった。昔から使っているハンドル名は、友人からサークル仲間、妻、(一部職場の同僚)に知られている。その人たちに向けて書くブログではないので、新たにハンドル名を考えることにした。

趣味に関連する単語から採用したり、それをアナグラムにしてみたりと、いろいろと試行錯誤を重ねたが、ブログサービス等のアカウントに使われている言葉が多く、ハンドル名に使うことができる単語はなかなか見つからなかった。そんな中、あまりなじみのない名前が良いと思い、苗字検索サイトから世帯数が少ない苗字をピックアップした。目に留まったのが「転石(ころびし)」という名前だった。

ハンドル名に与えた後付けの意味

この名前が気にいったのは、転石という漢字が"A rolling stone gathers no moss."(転がる石にはコケがつかない)ということわざを連想させるから。このことわざは、イギリスとアメリカで解釈のされ方が異なる。この解釈の違いは私の抱える自己矛盾に通じるから気に入った。飽きやすい自分を抑えて、当分はブログを書き続けていきたい。

同じ場所にとどまらない石には、苔も生えないことから。
本来はイギリスのことわざ「A rolling stone gathers no moss.」で、イギリスでは「職業や住まいを転々とする人は成功できない」という意味で使われる。
アメリカでは「活動的にいつも動き回っている人は能力を錆びつかせない」という意味で用いられるが、この違いは、イギリスは保守的、アメリカは改革的な考え方をするためである。

転がる石には苔が生えぬ - 故事ことわざ辞典

仕事がつらいときに聞いていた曲たち

曲を聞くと当時の仕事を思い出す

最近は通勤時に英語教材を聞くようになったので、音楽を聞く機会がすっかり減ってしまった。精神衛生のためにも、通勤時ぐらいは好きな曲を聞いていたいと思うけど、少ない時間を有効活用しようと思うとなかなか難しい。CDを買う機会もめっきり減ってしまった。

学生時代は、日常の中に音楽があった。友人とCDや音楽雑誌を貸し借りしたり、ライブに行ったり、バンドで演奏したり。どんなに良い楽曲がリリースされていても、そういった音楽と日常との接点がないと、音楽を聞く機会は減っていくし、記憶にも残らない。

社会人になってからは、仕事のプレッシャーを紛らわすために音楽を聞くようになった。だから、音楽を聞けばその時にどんな仕事をしていたかを思い出す。それは大体苦しかったときの記憶だけど。

Itunesを眺めていたら懐かしくなって、印象に残っている曲を並べてみた。僕が聞いていた曲なので、他の人がこの曲を聴いたからといって役に立つことはないだろうけど、気に入った曲があれば聞いてみて欲しい。

斉藤和義 - ベリー ベリー ストロング~アイネクライネ~

この曲は関西の客先に駐在していたときによく聞いていた。まだ20代の駆け出しの頃だったから、「何でこの作業にこんなに時間がかかるんだよ。」と叱られて悩んでいた。そんな憂鬱な気分を紛らわすために、通勤電車でよくこの曲を聞いた。

この曲は、伊坂幸太郎の短編小説「アイネクライネ」で描かれている世界観をもとに、斉藤和義が作詞をしている。まるでドラマのような歌詞が好きで、「自分の仕事が一番辛いと思う奴にはならない」と言う歌詞を聞いて自分を鼓舞していたことを思い出す。

ちょうどその頃、妻(当時は彼女)と平安神宮で見た斉藤和義のライブが今でも印象に残っている。翌年に妻と結婚したけど、いまでもこの曲を聞くと、自分も小説の中の主人公になったかのような不思議な気分になる。

キリンジ - エイリアンズ

エイリアンズ

エイリアンズ

  • KIRINJI
  • J-Pop
  • ¥250

年末のテレビ番組、小田和正クリスマスの約束でカバーされていたのを見てから、ずっと気になっていた曲。発売時には聞いてなかったから、本格的に聞くようになったのはキリンジ解散した後のこと。

朝はアッパーな曲を聞くよりも、こういったしっとりとした曲を聞いて心を落ち着かせたいときが多い。ゆっくりとした時間が流れるような楽曲の世界観が、せわしない日常で疲れた心を癒してくれるようだ。

100s (ひゃくしき) - Leek Rag's Leek

Leek Rag's Leek

Leek Rag's Leek

  • 100s
  • ロック
  • ¥250

100sのアルバム「OZ」からの1曲。シングル曲である「やさしいライオン」からこの曲へと繋がる流れがとても好きだ。やさしいライオンは死や絶望を想起させる曲であるのに対して、Leek Rag's Leekはそこから這い上がるためのシニカルな現状批判の曲だ。

慰めあって楽観的になるのではなく、悲観的になり塞ぎ込むのでもない。ただ、事実を正確に把握して先に進めと教えてくれる。無機質なパーカッションと中村一義のハイトーンボイスが作り出す緊張感が癖になる。

Syrup16g - 生活

生活

生活

Syrup16gの曲はよく聞いていたけれど、その中から「生活」を選んだ。Syrup16gにはダウナーな曲が多いけれど、この曲は割と前向きな歌詞である。「涙流してりゃ悲しいか 心なんて一生不安さ」と開き直っている感じが潔い。

テンションを上げすぎない曲が好き

こうやって並べてみて分かったのは、アッパーな日本語ラップでテンションを上げていくより、心を落ち着かせていく曲の方が好きだったんだなということ。気を紛らわせなきゃいけないほど追い込まれた状況にはなりたくないけど、こうしている今も、仕事はかなり苦しい状況だ。

自分の発達障害(ADHD)を疑った日

昨日、客先に誤った日付でアポイントのメールを送ってしまった。昔からケアレスミスは多いし、整理整頓やスケジュール管理は苦手。付き合いの浅い人からは、見た目からは全然分からないなどと言われるけれど、自分の部屋は床が見えないほどに 散らかっている。毎週のように忘れ物やなくしものをしていて、今週は電車の定期券をなくして探していた。

自分は能力がないと過剰に思い込んでいるせいか、会社の上司には「なんでそんなに自信がないんだ」、「俺がお前ぐらいのときにはもっとしっかりしていたぞ」と言われてしまう。

これが自分の性格であって、努力が足りないからだと思っていたけれど、対処法をWEBで検索したときに発達障害のサイトにたどり着いた。僕はメンタルが弱く、すぐに逃げるための理由を探してしまう。そんな自分が嫌なので、自分が発達障害かもしれないとは思わないようにしてきた。

そうやって仕事を続けてきたけれど、苦しさをごまかしながらやり過ごしていくのも難しいかなと思い始めている。最近は、技術的な業務遂行能力よりも、対人関係能力や概念化能力といったマネジメントスキルを求められる割合が大きくなってきた。このまま根性論で突き進んでいった場合、あと 何回自分の限界を超えないといけないのか、と思うと怖くなった。

根本的な問題解決をしなければならないと思い、カウンセリングを受けることに決めた。まずは、小中学校の通信簿を送って欲しいと母に連絡した。通信簿を確認する理由は、第三者である教師のコメントをもとに、児童期の自分の状態を客観的に把握することができるからだ 。

すると母親は、通信簿に書かれていた教師からのコメントを内容をSMSで送ってきた。それも、通信簿を見ることなく、次々と送ってくるのである。

「教室移動のとき、いつも一番最後まで残っています。素早く移動できるように頑張りましょう」
「片付けが苦手なようです。2学期は、頑張ってきれいにしましょう。」
「少し落ち着きがないようです。じっくり物事に取り組めたらいいですね。」
「ひらがなが、正確に覚えられていないようです。夏休みには、おうちで練習しましょう。」
「踊りがすきないようです。みんなの前で、パフォーマンスをしてよろこばせていました。」

「…」

よくもまあ次々と出てくるなと感心した。自分が発達障害のまま大人になったのではないかと心配していることを告げると、子供の頃の話をしてくれた。

「みんなと違ったようにみえた。」
「担任の先生によく相談に行った。」
「先生からはそれが彼の個性だから、見守ってあげましょうと言われた。」
「伸ばしてあげられんかったね。ごめんね。」

最後の一言に、不覚にも涙を止められなかった。母は続けてこう言った。

「きっと発達障害ではないよ」
「誰にでも大なり小なり、あるんとちがうの?」
「気にせんこと。それが、一番」

普段は頼りなさそうに見える母だが、あらためて母親というものの大きさに気付かされ、そして感謝の気持ちがあふれた瞬間だった。

しかし、彼女の言うとおりに気にせず暮らしてまうことはできない。きっと彼女の言うとおり、発達障害ADHD)ではないのだろう。それでも子供の頃から抱えているこの生きづらさの正体を確かめなくては、このまま進んで行くことはできない。

母が通信簿を送ってくれたら、カウンセリングを受けにいこう。